教育・研究

学生の海外派遣

ケンブリッジ大学クレアホール 夏季Visiting Students研修報告

2017年度レポート

工学系研究科 先端学際工学専攻 博士課程1年 伴 睦久

研修概要

先端研からケンブリッジ大学クレアホールに派遣して頂き、数理科学研究センターにおいて研究する機会を得た。

 

研修先について

数理科学系の研究室は数理科学センター (CMS*1)に集約されており、人材、施設、雰囲気のいずれにおいても抜群の環境である。クレアホールからのアクセスも徒歩10分程度と適度な散歩道で、快適に研究に打ち込めた。CMSにある数学科(Faculty of Mathematics)は、世界的にも有名な純粋数学の研究拠点であるDPMMS*2(純粋数学・数理統計専攻)と、もうひとつの専攻であるDAMTP*3(応用数学・理論物理専攻) の二つから構成されており、今回の研修中はDPMMSの研究センターである「リスクとエビデンス・コミュニケーションのためのウィントン・センター*4」を活動拠点とさせて頂いた。このセンターにおいては、その名の通りリスクとエビデンス・コミュニケーションに纏わる問題を解決すべく、数学者と心理学者が協働しながら研究を進めており、専門性に根ざした学際性は先端研究とも相性が良い。所属する研究者も、個人レベルから社会レベルまでの多様な意志決定について関心を有しており、日本ではなかなか議論する場や機会のなかったトピックについても気軽に話題にし、議論を行うことができた。結果として自身の研究についても多くのフィードバックを得ることができ、新たな着眼点も得ることができた。センターにおいては研究のみならずミーティングやディスカッション等のイベントにも参加させて頂き、自身の研究についてのトークの機会も設けていただいた。受け入れを許可してくださった皆様には心からお礼申し上げたい。

隣接しているアイザック・ニュートン・インスティチュート (Isaac Newton Institute) は主に合宿型の集中セミナーを開催する国際的研究ハブとしての役割を担う機関であり、世界中から超一流の研究者が集っている。滞在期間中に開催されていたシンプレクティック幾何についてのセミナーもいくつか聴講させて頂いた。当該分野は自身の専門領域でこそなかったものの、この分野では自身も用いる圏論が自然な形で駆使されていることから、自身の領域への適応についても多くのインスピレーションを得ることができた。また海外在住組の日本人研究者の活躍も目の当たりにし、大いに刺激を受けた。

  • *1 Centre for Mathematical Science
  • *2 Department of Pure Mathematics and Mathematical Statistics
  • *3 Department of Applied Mathematics and Theoretical Physics. Stephen Hawking がいることでも有名。
  • *4 Winton Centre for Risk and Evidence Communication

 

クレアホールでの生活

クレアホールではブライアン・ピパード・ビルディング (Brian Pippard Building) の3階にある一室をあてがって頂いた。ラグビー場が一望できる窓の大きい心地良い部屋で、毎日快適に過ごせた。同じ建物の学生同士での交流も多く、キッチンでたまたま一緒になった人とも(初対面であっても)気楽にざっくばらんに議論しつつ食事を取ることができた。仲良くなったメンバーで食事会も開いて頂いた他、他カレッジでのフォーマル・ディナーへの遠征にも出かけた。 1階にあるラウンジも気楽に集って議論や談話のできる良い環境であった。

ダイニングはカレッジの生態系を育むための根幹とも言える機能を有しており、着席する際には「先に座っている人がいたら(初対面の人であっても)間を開けずに隣に座ること」がルールとなっているため、もはや話さざるを得ない状況が半強制的に作られている。初対面のひとでも分け隔てなく議論をすることになる雰囲気が育まれていることから知り合いも自然と増える他、異なる分野で第一線を走るひとびとがどのようなことを考えているかについても日常的にアップデートすることができる。議論が盛り上がると2時間にかかることも珍しくなく、コーヒーを飲みながらの延長戦もしばしば(ほぼ毎回)であった。実際、昼・夜と合わせるとカレッジだけでも毎日3時間くらいは議論していたように思われる。先端研にもダイニングの文化を持ち込む*5 ことはできないか、もう少し小さく始めるならオープンラボ制度*6 等はどうか、現地で得たアイディアやグッドプラクティスは出来る限り取り込んでいけるよう、今後の先端研の更なる発展に向けて汗をかいて参りたい。

クレアホールのみならず、他のカレッジへ赴いての他流試合もさせて頂いた。クイーンズ、ジーザス、シドニー・サセックス、チャーチル等においても充実した議論をさせて頂き、カレッジ毎にもまた異なる文化や雰囲気を感じる中で、ひとが環境を作り、環境がひとを育むということもまた強く実感することができた。

専門を深める専攻に対し、カレッジの良さは多様性にある*7。よく食事を一緒させていただいた面々をざっと思い出すだけでも、イラン出身の神学・哲学者、ポルトガル出身のコンピューター・サイエンティスト、米国出身の政治経済学者、カナダ出身の経済社会学者、香港出身の心理学者等々、背景も多様で議論も盛り上がった。意外な分野に共通の関心があったり、親しい分野でもささやかに見える差に大きなスタンスの違いが潜んでいたりと、カテゴリ間の関係性を捉え直す機会にもなる。

  • *5 たとえば「先端研における会食では必ず隣に座って話しかけるべし」等の慣習を定着させる。
  • *6 たとえば「毎週◯曜日の昼休みを全所一斉オフィスアワー(ランチ持ち込み可)」とし、ランチを片手に好きなラボを訪問して議論してよい」等はいかがだろうか。
  • *7 とはいえ、やはり黒人の方は街でも殆ど見かけないなど、独特の偏りも実感することができた。

 

国際学会・ワークショップへの参加

滞在中に、関連領域の2つの学会に参加した。オックスフォードで開催されたFSCD*8 (計算と演繹のための形式構造国際学会) は一部日程に参加することができ、最新の研究動向について情報収集を行うことができた。またロンドンで開催されたD4P*9 (政策のためのデータ学会) においては、欧州委員会をはじめとする国際機関や各国政府側からも参加者がおり、ネットワーキング上も有意義であったことに加え、アカデミアと実務家の対話が試みられており、各国の社会実装において有益な情報を多く得ることができた。特にHarvard Humanitarian Initiativeがオーガナイズしていた人道政策への応用のセッションは、いわゆる人道政策分野の現場感を知る上でも大変役立った。いずれも今回の研修への選抜が決まった時点で既に発表募集が締め切られていたことから今回は報告こそしなかったがそれでも多くの収穫があったので、来年は自身も報告したいと考えている。

  • *8 International Conference on Formal Structures for Computation and Deduction
  • *9 Data for Policy: Government by Algorithm

 

日立ケンブリッジ研究所、オックスフォード大学、ロンドン大学の訪問

先端研からの客員フェローとして同時期に滞在されていた浜窪隆雄教授とともに、日立ケンブリッジ研究所を視察させて頂いた。先方に解説していただいた内容も素晴らしかったが、浜窪先生が質問なさった内容がとても的確で先方の研究者が口を揃えて「こんな本質的な質問をされたのははじめてだ」と仰っていたのが強く印象に残っている。

浜窪教授からはカレッジにおいてもお話する機会を頂き、先生ご自身のこれまでのご経験や研究、なぜ数学科から医学部に進まれたか、先端研のこれまでとこれから、日本における応用数学の立ち位置と目指すべき方向性、日本の科学技術の現状と未来など、ご多忙な中にも関わらず様々なことをご教授頂いた。 何よりも「僕はガンを治したいんだけれども」としれっと仰る姿に大変励まされたと共に、その言葉のしなやかな強さの中に、本当にそれを実現するための圧倒的な努力があられるのであろうことが感触を持って実感できた。心より感謝申し上げたい。浜窪先生をはじめ、先端研を牽引されてきた大先生たちのように自身もしっかりと未知なる問いにこそ切り込んでいきたいと決意を新たにした。

また滞在中にはオックスフォード大学やロンドン大学をはじめ多くの研究機関を訪問し、多様なエキスパートと議論を行うことができた。また現地の専門家や駐在組のプロフェッショナルとも会食ができ、 日本の世界での戦い方やそれぞれのキャリアについても議論を行うことができた。

 

研究について

行動的意思決定理論におけるリスクと不確実性の研究、ゲーム理論を用いたエビデンス・コミュニケーションの研究、エビデンスとメカニズム・デザイン等についての研究を進めた。特に文法範疇を用いた信念改訂モデル、語用論の計算モデルについては複数の着想と進展を得ることができた。

 

これからに向けて

研究内容はもちろんのこと、様々な方のアドバイス(やボヤキ)の中から、研究に取り組む上でのTipsも多く言語化することができた。全てをあげるとキリがないが手元のメモからその一部を紹介する:

  • 良質な研究に専念すること
    • ファンシーなだけでなくしっかりと後に続く研究をする
      プレスリリース等のための研究ではなくエンドポイントをしっかり持つ
    • キャッチーなだけでなくじっくりと効いてくる知識も大切である
      いまの時点で理解できるものはいまの時点の思考枠組み自体にチャレンジするものではない
    • 自分でなくともできる研究はしないと決める
      他の人ができる研究は速やかに公開して協力者に変える。
  • パフォーマンスを高めるためには
    • 斧を磨く時間を作ること
      効率よく木を切るためには(力ずくで叩き続けるのではなく)定期的に道具も整備する
    • 適切な道具を選ぶこと
      ボルトをハンマーで叩かない
    • 良い習慣を大切にすること
      生産性という概念を意識する時点でナンセンスであり、高い生産性はこれを自動化することで実現される
  • チャーミングな研究者であること
    • 指導教官の劣化版コピーにならない
      巨人の方の上に「ちゃんと立つ」
    • 研究の異端さが高ければ高いほど、人間として好かれるかどうかが重要になってくる
      ひとは理解できないものを恐れる。
    • 異端を恐れずしかし好まず、ただただまっすぐに歩め
      多くのひとはどこかで適応してそれぞれの道にいくので、ただただまっすぐ歩くとどこかで異端になっているのは原理的なもの。群れる必要もない。
      孤高の研究者となることを恐れずに、孤独は最先端者の宿命と割り切って、マイペースで研究を続けること。

 「ガンを治す」「量子コンピューターを作る」「バリアをなくす」?こんな人類史上実現されたことのない未解決問題にこそ、あらゆる智慧を総動員して楔を打ち込むことが推奨される。そんな先端研の文化の素晴らしさも改めて実感することができた。ケンブリッジでの学びも活かしながら、自身もしっかりと楔を打ち込んで参りたい。

(2017年9月20日)