研究・教育

ケンブリッジ大学クレアホール 夏季 Visiting Students 研修報告

2013年度レポート
東京大学法学政治学研究科総合法政専攻博士後期課程1年
佐藤信

ロンドンから北北東に50マイル。ケンブリッジは閑静な大学街である。ケム川のほとりには由緒あるカレッジが立ち並び、その東側に古い町並みに調和した市街地が、西側には様々なカレッジの敷地が広がっている。今回滞在させていただいたクレアホールは1966年設立という極めて新しいカレッジだけに、その西端、街の中心部からは歩いて15分から20分くらいのところにある。その分、建物は新しく、周囲も緑に溢れた環境は素晴らしい。今回は「空間と政治」という研究のために、ここに滞在するのである。

そもそも、オックスブリッジのカレッジは、異分野の学生たちが寄宿して交流できるという利点を持つ一方で、ハリー・ポッターにおけるディナーのように厳格さもその特徴と言われる。しかし、この新しいカレッジのダイニング・ホールはガラスを大きく取って開放的で、教員もパーサーも親しげに食事を採っている風景が印象的であった。担当事務のアイリーン・ヒルズは到着翌日からシニア・チューターのアイアイン・ブラックとのランチをセッティングしてくれた。この日に離れるドイツからのビジティング・ストゥーデントも一緒である。スープ、メイン(四回中二回はフィッシュ&チップスであった)、デザートというコースは、シンプルだけれど、話をするにはちょうどよい。

経済学専門のブラック教授とはその後彼の息子を交えて二回ほどランチをご一緒した。というのも、彼の専門分野の一つがロンドンのシティなど金融街の建築だったからで、お互いの興味関心の近さに驚きあったものだ。空間と一口に言っても都市計画と建築とでは位相が違うこと、それらと(政治的・経済的)権力との関係をいかに考えればいいのか、西洋の文脈からの意見を聞くことができたのは大きかった。彼から面白そうな参考文献を教えてもらうと、近くの大学図書館まで出かけてゆく。図書館はそれぞれのカレッジにも併設されているほか、それぞれの学部にもあるのだが、それらを圧倒するのがギルス・ギルバート・スコットによって設計されたこの大学図書館なのだ。この中央にタワーを配した構造は彼の代表作であるロンドンのバンクサイド発電所(現テイト・モダン)との類似性が指摘されているが、同時に同じ1930年代前半に平林金吾設計で建てられた名古屋市役所庁舎ともどこか似ている気がしなくもない。この名古屋市役所庁舎は所謂帝冠様式で有名なのだが、それを除けば垂直方向に強調された中央の塔が気になるからだ。

さて、この大学図書館から川に沿って南に向かうとセジウィック・サイトがある。ケンブリッジは大学街と言われるだけに、あちこちに大学の敷地があるわけだが、そのほとんどはカレッジの敷地である。巨大カレッジと比すれば資金力に貧弱な大学施設はだいたい一箇所に集まっており、このセジウィック・サイトもその一つである。そこまで広くない敷地に、多くの学部の施設や講堂が集まっているのだ。その建築群も、由緒あるカレッジの建築とは対照的にモダンなデザイン建築であり、まるでオモチャ箱のようだ。我々が滞在前半に参加したインターデシプリナリー・サマースクールはここで行われた。

参加したクラスは二つ。一つは政治学を専攻する自分には身近な現代イギリス政治のクラス。担当教授はリチャード・イェイツ。大陸ヨーロッパからの学部生も多く参加するクラスで、先生のべらんめえ調の解説もやさしい授業だった。もう一つが自分にとっての目玉、キャロライン・ホームズによる「イングランド及びスコットランドにおけるカントリーハウスと庭園」というクラスだ。最近、特に日本における権力者の邸宅や庭園に注目して勉強していた自分にとって、イギリスの館という参照点を持つことは非常に有意義なことに思われた。こちらのクラスは自宅でガーデニングをしているというアメリカやイギリスの年配の生徒が多く、毎年受講しているという生徒もいたりして、ついて行くのがやっとという感じだった。特に庭園の植物に関することは全くついて行けないという感じだったが、それでもスライドで写真を見せ、時に植物の実物を持ち込む授業はとても印象に残るものだった。先生と受講者たちとの雰囲気もよく、今回のサマースクールが90周年だということでマディングリー・ホールでガーデンパーティが開かれた際には、その庭をみんなで回ったりしたのは印象深い。

これらのクラスをとるに際して、エッセイを提出する機会を得たことも自分にとっては有益であった。イェイツ先生にはイギリスの君主制の有効性について、その潜在的機能を軸に論じたエッセイを、ホームズ先生には自分の研究と絡めて近代日本の邸宅と庭園とイギリスのカントリーハウスと庭園を比較するようなエッセイを提出した。これらのエッセイを書く際には、いろいろな参考文献を教えてもらったり、貸してもらったり、授業後にいろいろな話をすることができる。エッセイを仕上げるにはせっかくの滞在期間のかなりの時間部屋にこもることを強いられるため、今後参加する学生さんには必ずしも勧められないが、クラスの先生との相性がよく、さらにいろいろなことを吸収したいと思った自分にとっては良い選択肢だったと思う。

エッセイに時間をとられて僅かではあったが、実際の建築や庭園も見て回った。カントリーハウスとしては、権力の館としては屈指と言われるハットフィールド・ハウス。ここはセシル家の館であると同時に、エリザベス一世の生地でもある。メアリー一世のもとで冷遇されていたエリザベスの庇護者であったロバート・セシルはエリザベス一世の治世に権勢を振るい、その後も第三代ソールズベリー侯が三度に渡り首相を務めるなど、この一家は政治的大物であったわけだが、それを支えた館である。ストウもそうだが、これらの館においては君主や一家の肖像画やモチーフが彼らの歴史的正統性を付与している。ウィンザー城の場合には、その正統性はむしろ臣下たちのエンブレムの羅列というかたちで現れる。

一方、イギリスの有名な建築家の中でもこの装飾性とは真逆の位置にいるのがジョン・ソーンである。彼の有名なイングランド銀行のデザインはローマ建築を強く意識しながらも(ソーンのローマ文明への愛は彼の博物館において狂気的なまでに表象されている)、シンプルという点においてはモダニズムに通じる要素を持っている(もっとも現在はイングランド銀行博物館に一部再現されているに過ぎないけれども)。クリストファー・レンはその中間的時期にあって、構造的スケールと優美さを兼ねようとしたとき、壁画という手段を選んだように思われる。セント・ポール大聖堂のドームの壁画は、どこまでがドームで、どこが穴かわからせない、つまり奥行きを曖昧にする効果を発揮している。同じことはグリニッジの旧王立海軍学校でも見られた。ここでも彼はそもそもあったクイーンズ・ハウスに中心軸を設定することで建築のスケールをはるかに超える壮大さを実現しながら、建築内部においては細かい装飾の不足を補うべく、全面に壁画を巡らせ、柱にまで立体感を付け加えている。下手をすれば虚飾に見えるこうした仕掛けを成功させることに彼の上手さがあるのだろう。

時間的制約のためにロンドン近郊までしか見て回ることができなかったのは残念だったが、ケンブリッジという街を満喫できたことは何よりの収穫だった。何百年も前から続く建築が立ち並ぶ景色など日本ではありえないわけだが、しかし、それが観光地として保存されているわけではなく、大学街として国際化と多様化を受け入れているところはさらに驚異的なことのように思える。出発前日、ぼくはケンブリッジ・バーント・クリーム(要はクリーム・ブリュレのこと)を口に含み、青空に輝くキングス・カレッジの尖塔を見ながら、また来てもっともっと学ばなきゃいけないな、そう思ったのだった。 お世話になった先生方、支えてくださった方々、こんな機会を与えてくださった先端研の皆様、ありがとうございました。


クレアホール



大学図書館


2013sato03

グリニッジの旧王立海軍学校
手前がクイーンズ・ハウス