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ケンブリッジ大学クレアホール 夏季Visiting Students研修報告

2014年度レポート 工学系研究科 先端学際工学専攻 博士1年 長越 柚季

クレアホール滞在の目的

ケンブリッジ大学クレアホールでの40 日間の間、自主的な研究活動とサマースクールへの参加という2 種類の活動を、それぞれの目的をもって行った。以下にその目的を記す。

研究活動:

テーマ:特許無効手続・訴訟に関する日英比較考察

本研究の目的は特許無効に関する英国の手続法及び制度を日本との比較の中でよりよく理解することにある。日英の法制度の差異は大きいが、特許無効に関する手続法及び制度については極めて多くの類似点が見られる。日本の特許無効に関する手続法及び制度は90 年代中旬以降急速な変化を遂げ、2015 年にはまた改正法が施行されるが、その結果として日本の制度は英国ときわめて類似したものとなった。そのため、日本の特許法学者にとっては、英国の特許無効に関する手続法及び制度を学び、日本のそれと比較することが、日本の制度に関する多角的かつ包括的な理解を得る上で非常に大きな意義を持つ。しかしながら日英の知財制度比較についての研究は少なく、特許無効に関する手続法及び制度に関する比較研究はさらに少ない。本研究の目的はこのような未踏の分野を開拓することにある。

サマースクール:

テーマ:
1. 科学革命の科学史
2. 啓蒙主義時代の科学史
3. 経済学と公共政策

サマースクール参加の目的は、上記テーマに関する理解を深め、英語での思考力を鍛えることにある。特に科学史の授業については、上記の目的に加え、西洋の科学史を概観し、科学の発展と特許制度についての理解を深めること、そして科学の分野の英語の語彙力を増強することにあった。

経済学と公共政策の授業については、修士課程在学中にこれらの分野を中国語で勉強したために日本語でも英語でも語彙が乏しく、とても不便であったので、その不得手を克服するために受講した。上記の二分野は私の現在の研究分野である特許法と密接な関連があり、これらの語彙を適切につかいこなすことは正確な論文を執筆する上で重要である。加えて、共通の興味を持つ人と知り合い、世界各地の人々がどのように自分たちの世界を捉えているのか知るという目的もあった。

その他の滞在目的

上記の目的のほかに、下記3 つの目的を持っていた。一つ目は1 週間以上毎日英語で過ごすと脳が大変疲れてしまっていたので、英語を使い続けることに慣れることである。英語でのコミュニケーションには問題はないが、7 日間使い続けると疲れてその後は英語の能力が急速に低下していくため、7 日間を超える出張をすると8 日目以降の徐々に仕事の効率と社交性が低下していくという問題に直面していた。そのため、英語を使い続ける生活に慣れる必要があった。

Achievements

研究活動

ケンブリッジ滞在中に、「クレアホール滞在の目的」欄に記入した課題について研究を行い論文を執筆した。論文は未完であるので、今後完成させ、発表を目指したい。研究の遂行に当たって、ケンブリッジとロンドンの研究者の方々に大変お世話になったので、感謝の意を表したい。滞在中にご指導頂いた研究者の方々は以下のとおりである。

ケンブリッジ大学
Professor William Cornish
Director: Professor Lionel Bently
Dr. Kathy Liddell
Ph.D candidate Ms. Yin Harn Lee
Ph.D candidate Ms. Julia Powles

その他にも、元Court of Appeals の知財判事で現在University College London で研究されているProfessor Sir Robin Jacob の元を訪問し、ご指導を頂いた。

サマースクール

サマースクールの科学史の授業を通じて、特許制度を生んだ歴史的背景及び特許法上の概念についての理解を深めることができた。

科学的発見がどのように行われるのかということを概観した。ニュートンは万有引力の性質を発見したが、それが何であるかということは説明できなかった。今に至るまで、だれも説明できた者はいない。しかし、その存在は広く知られており、計算することもでき、様々な形で利用されている。この、「それは何であるか」から「その性質は何か」という疑問の転換が啓蒙主義の特色であるようだ。特許法においても、プロダクト・バイ・プロセスクレームといって、発明の対象である物を製造過程によって定義するという考えがあるので、物が何かわからなくても他の方法で定義するという考え方に興味を覚えた。

授業のテーマの一つが、発見や発明を、現代人の視点ではなく、同時代の人の観点からどのように評価すべきかということであった。これは特許法の発明の容易想到の評価の考え方と同じである。授業の中では、発見の多くは現代の観点から見れば当然のことのように見えたり、間違っていたり、十分に明確でなかったりするかもしれないが、当時の観点からは新しい発見であり、誤った仮説が正しい仮説につながったということがわかった。

産業革命に関する新しい発見もあった。18 世紀までの科学者の多くは工学には関心を持っていなかった。イギリスの産業革命を担い、たとえば蒸気エンジンを少しずつ改良したのは、地方の工業労働者であった。彼らは最低限の教育を受けており、自由な工場の雰囲気の中で独自の改良を行っていた。プロイセンでも工業労働者は最低限の教育を受けてはいたが、独自の工夫を行うことを許す風土はなかった。これは、日本の産業の発展と国際競争力獲得の歴史と相通ずるものがあると感じた。

一言でいえば、授業を通じて科学的発見と技術革新の画期性について学び、またこのような発見・発明を促すためには政治的、宗教的、歴史的、教育的な環境が重要であるということがわかった。

公共政策と経済学の授業では、福祉政策の評価について、効率性(経済的観点)と平等性(公共政策的観点)についての二つの観点からの評価方法を学んだ。講義のほかにも、学生がそれぞれ興味を持った分野について発表するという時間があり、世界各地の人々がどのような問題を重視し、どのような解決策を考えているのかというのはとても興味深いことだった。

その他の成果

予想通り時間の経過とともに英語の使用に疲れ、英語力が低下したが、三週間を過ぎたころから不思議と慣れ始めた。脳を追い詰めることも必要だと実感した。また、趣味の本を英語で読む習慣も付いた。

人脈形成においては、上記の知的財産法関連の研究者のほかに、Institute for Manufacturing を訪問し、David Ibbetson 教授 及び博士課程在学中の Elliott More 氏と面会し、施設を見学させて頂いた。IfM は工学系の研究を専門に行っているが、技術経営に関する研究者もいて、先端研と似た学際的な研究が行われている点で興味深かった。

さらに、大学発ベンチャーについて興味を持ち、Idea Space というスタートアップ企業へのオフィスやデスクの賃貸を行う施設を訪問した。これはケンブリッジ大学内の建物の1フロアを占めており、企業の中にはケンブリッジ大学からの投資を受けているところもある。あるスタートアップ企業のインターン生の張萌氏に案内してもらい、話を聞かせてもらった。Idea Space はオフィスや机の賃貸に留まらず、企業の枠組みを超えた交流を行い、刺激的な環境を作ることを目的として運営されていると感じた。張氏はインターン中にオフィス内の別の企業からリクルートされたという。

次回以降参加者の方へ

次回以降の参加者の方へ、行く前にわかっていたらさらによかったと感じることを、今回の経験に基づいて簡単にお伝えしたい。

  1. 医療費が高額になるので、保険に入っておく必要がある。私が風邪で病院に行った際には、65 ポンドかかったので、保険に入っていて幸いであった。
  2. レートが悪いので、空港では必要以上の両替はしないほうがよい。基本的にクレジットカードで用が足りるので、学校側の指示に従って最低額を両替すれば足りる。小銭が必要な場合は、市内に出てから両替したほうがよい。日本で両替したほうが安いと聞いた。
  3. 荷物が多い場合歩くのはきついので、バスあるいは電車でケンブリッジに到着したらタクシーを使ったほうがよい。私の場合バス停から1 時間半は歩いた。
  4. 自転車を借りるとよい。40 日で50 ポンド払ったが、バスよりも時間が読めて、安かった。クレアホールから市内までは徒歩15 分で、クレアホール周辺は夜も人通りが少ないので、徒歩よりは自転車のほうが安全であるという気がした。
  5. いろいろな人に会えるので、クレアホールの食堂で食事をするとよい。先生方もとても親しみやすく、いろいろな人を紹介してくれることもある。
  6. レストランに行くとよい。前項と矛盾しているが、市内には美味しいレストランも多いので、せっかくなのでたまに行くとよいと思う。
  7. 関連分野の教授にメールを送るとよい。メールアドレスはホームページなどで探せば見つかるし、たいてい親切な返信をくださる。教授がほかの人に紹介してくれたりすることもあるうえ、それぞれが休暇を取ってバラバラの時期に不在なので、出来るだけ早めにアポイントメントを取ったほうがよい。
  8. 事前に、自分のこれまでの研究実績を英語で説明できるように準備するとよい。もし英語の論文があればなおよい。
  9. サマースクールの講義では、最前列に座り、積極的に発言・質問し、ほかの学生にも教授にも顔を認識してもらうとよい。講義から得るものを最大化するのが学生の責任である。一度、関連性の薄い質問ばかり1 時間も続き、講義が中断し、脈略のない話になってしまったので、質問は最後にまとめて受けるようにしたらどうかと提案した。教授は快く同意して、講義はわかりやすくなり、ほかの学生に感謝された。
  10. 全体講義で質問をしてみるとよい。文法的な間違いだらけであまり賢くない質問をして恥をかいても、周囲の人と再び会う可能性は極めて薄い。これは非常に貴重な練習のチャンスである。自分の専門分野の国際会議で愚かな質問をすると、周囲の人も真面目に聞いていることも多く、下手をすると評判を落としかねないが、サマースクールでは何のリスクもなく失敗できる。私も200 人以上の人の前で質問をしてみたが、とても緊張して要領を得ず、質問の本旨と関係のないことを言ってしまい、なかなかの失敗ぶりであったが、旅の恥は掻き捨て、質問することができたという自信のみを持ち帰ってきた。失敗できる貴重なチャンスを活用するとよい。
  11. 非常食をキッチンに用意するとよい。週末には食堂は閉まり、その間に風邪を引くと、親切な人が助けてくれない限り、食べ物がなくなる。市内までは徒歩15 分以上かかる。
  12. 近くの部屋の人に話しかけるとよい。たいてい気さくで親切なので、夜も一緒に外出したりして楽しむことができる。
  13. 日本人同士であまり固まらないほうがよい。日本人同士でいると居心地がよいかもしれないが、あまり日本人とばかりいると、貴重な学びの機会を失う。日本人とも外国人とも等距離で接するとよい。

以上は参考程度に、各自自身の殻を破り、ケンブリッジ生活を満喫されることを祈念しております。

(2014年8月27日)

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