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ケンブリッジ大学クレアホール 夏季 Visiting Students 研修報告

2016年度レポート 工学系研究科 先端学際工学専攻 博士課程2年 照月 大悟

研修概要

本研修の目的は、新規のバイオセンサ開発に向けた、日立ケンブリッジ研究所(Hitachi Cambridge Laboratory, 以下HCL)の訪問と現地研究者とのディスカッションである。現在筆者はバイオセンサの研究に従事しており、本研修によって電子デバイス分野で世界的研究成果を上げるHCL、またケンブリッジ大学周辺の研究機関を訪問し、今後のプロジェクトの発展を目指すものである。本年度よりサマースクールへの参加が選択制になったため、HCLに8月の1か月間Summer laboratory program studentとして滞在する研修計画を立てた。

 

クレアホール (Clare Hall)

本研修では、ケンブリッジ大学のカレッジの1つであるクレアホールにVisiting studentとして滞在した。クレアホールは当初、訪問研究員や大学院生を主な受け入れ対象として1966年に設立された新しいカレッジである。到着してすぐに、このカレッジのいわゆるハイテーブルもなくて格式ばらず、学際的な雰囲気が大変好きになった。クレアホールの一部は、ロスチャイルド男爵の私邸を購入して構成されているため、プールを所有している(実際に人が泳いでいた)。また、大変幸運なことに2016年はクレアホールが創立50周年という節目の年であり、様々なイベントが開催されるなど特別な機会に巡り合うことができた。先端研からのお祝いメッセージをクレアホールのPresidentであるProfessor David Ibbetsonに直接お渡し、クレアホール50周年記念レセプションパーティーにも参加する機会に恵まれた。

  • クレアホールエントランス

  • クレアホールダイニング

  • クレアホールラウンジにて(左より筆者、Dr. Iain Black、谷村氏、Dr. Ian Farnan)

  • クレアホール中庭にて(左手前より谷村氏、岩田博士、 Prof. David Cope、Cope夫人玲子さん、筆者)

クレアホールでは、クレアホールのFoundation Fellowかつ先端研フェローを務めるProf. David CopeやCope夫人の玲子さん、古代ギリシア哲学を専門とする岩田直也博士など、多様な滞在者にお会いすることができた。「イギリス料理はまずい」というステレオタイプにまみれて出国したが、ダイニングでの食事により、そのような偏見は完全に打ち砕かれた。また、クレアホールのラウンジにはゆったり会話ができるソファーが複数用意され、皆リラックスして食後の会話やコーヒーを楽しんでいた。私もいずれはクレアホールのLife memberになりたいものである。

  • クレアホール50周年記念レセプションパーティー

  • この時はクレアホールのネクタイを着用して参加した

  • Salje Building(建物全体)

  • Salje Building(キッチン)

  • Salje Building(部屋)

  • Salje Building(建物内部)

日常生活はSalje Buildingを起点とした。建物1階の記念プレートにはRCAST The University of Tokyoの名前もある。

日立ケンブリッジ研究所 (Hitachi Cambridge Laboratory)

HCLは、1989年にケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所敷地内に設立された。世界をリードする基礎研究の推進や、日立製作所のグローバルイメージ向上などをミッションとしている。極めて国際色豊かであり、11か国から20人程度の研究者が集まっている。量子情報処理やスピントロニクスの研究でNatureやPhysical Review Letters等に論文を出版するなど、世界的成果を上げている。現在は英国人が所長を務め、日立の日本人研究者が副所長として赴任している。筆者が滞在したときは、日立ハイテクの黒田浩一氏も海外研修として滞在されていた。

HCLでは現副所長の渡辺康一博士をはじめ、多くの研究者と活発な議論を行うことができた。 渡辺副所長からはHCLの概要を紹介いただき、HCLと先端研の今後の連携についても議論を行った。スピントロニクスを専門とするDr Pierre Royとは、スピントロニクスを用いたバイオセンサについて複数回議論を重ねた。HCL滞在前はスピンとバイオセンサは遠いものと考えていたが、スピン技術が様々なバイオデバイス開発の可能性を持つことに驚いた。Dr Fernando Gonzalez-ZalbaからはHCLの実験設備を紹介いただき、またQuantum dotに関する研究やSingle Electron Transistor (SET)について解説いただき、SETのバイオセンサ応用についても議論を交わした。加えて、有機トランジスタの世界的権威であり、キャベンディッシュ研究所の日立プロフェッサーを務めるProfessor Henning Sirringhausとも有機デバイスやそのバイオセンサ応用について議論を行うことができた。

このように、HCLでは研究・連携について多面的な交流を深めることができたが、研究所の外でもイギリスらしい交流が行われた。そう、パブである。ケンブリッジで最も古いと言われるイーグルにてFish & chipsやビールを味わった。イーグルは、ワトソンとクリックがDNAの構造について発表した場所であり、それを記念するプレートが店内に設置されている。幸いにもまさにその席で会食することができ、料理の味も一層増したのである。

  • 日立ケンブリッジ研究所

  • HCL受付にて(左より筆者, HCL秘書Mrs Emma Ball)

  • ケンブリッジのパブ, イーグルの特別な席にて
    (左よりDr. Gonzalez-Zalba、黒田氏、 Dr. Brossard、筆者、渡辺副所長、 Dr. Roy)

MRC分子生物学研究所 (MRC Laboratory of Molecular Biology)

MRC分子生物学研究所(MRC LMB)を訪問し、Structural Studies Divisionのグループリーダーである長井潔博士と議論を行った。長井博士は1981年にポスドクとしてMRCで研究を開始し、1987年にグループリーダーに就任してから現在までMRC LMBで研究を続けている。MRCは4つのDivisionで構成され、長期的研究を実施するために個々の研究者の評価に重点を置かず、Division全体を評価するシステムである。そのため、Divisionの評価が良ければ継続的研究が可能であり、成果が出るまで時間のかかる分野の研究者を保護することができる。このようなシステムは世界的にも稀である。また、MRCでは大型の装置を皆で共有し、装置を購入した人だけが独占することはない。例えば、長井博士の扱う構造生物学では、研究者が電顕の分野に多数参入してきているが、装置は3Mポンド程度の費用がかかるため通常個人で購入することは困難である。しかし、MRCでは装置を共有できるため、複数の研究者が自分の研究に使用でき、結果としてNature等のトップジャーナルに多数の論文を出版している。MRCのシステムは、短い研究期間で成果を求められる現在において大いに学ぶところがある。長井博士からは研究資金獲得や海外ラボへアプライする際の留意点等もお話しいただき、実り多い時間となった。

  • MRC分子生物学研究所入口

  • MRC LMB内部にて(左よりHCL渡辺副所長、筆者、長井博士)

ケンブリッジ大学工学部 (Department of Engineering)

ケンブリッジ大学工学部では、Dyson Centre 内にあるBiologically Inspired Robotics LaboratoryのPIを務める飯田史也博士を訪問した。工学部のDyson Centreは、かのダイソン掃除機で有名なSir James Dysonの寄付によって建てられたものである。飯田博士の研究するBiologically Inspired Roboticsは神崎研究室とも共通点が多い。ホッピングを用いたロボットのエネルギー効率に関する研究など、様々な試作ロボットを見せていただいた。また、ソフト材や3Dプリンティングを用いた研究紹介、世界のソフトロボティックスの研究動向についても説明いただいた。この訪問を通じ、生物模倣、生体融合分野の広がりを実感できる訪問となった。

  • 工学部Dyson Centreにて(左より飯田博士、筆者)

エディンバラ大学 (University of Edinburgh)

研修の締めくくりとして、スコットランドに位置するエディンバラ大学のInstitute for Bioengineering (IBioE)を訪問し、Professor Alan Murray (Head of Institute)とISFETを用いたバイオセンシングについて議論を行った。この訪問は、東大VDECでサバティカル中のエディンバラ大学講師 Dr Stewart Smithより紹介いただいて実現した。英国工学・物理科学研究会議(EPSRC)の大規模プロジェクトであるImplantable Microsystems for Personalised Anti-Cancer Therapy (IMPACT)を率いる Prof. Murrayは、ミュージシャンの様な風貌であり、大変気さくにお話しいただいた。最終ターゲットは異なるが、同様のデバイスを用いているため、共通に抱える課題や利点等について深い議論につなげることができた。今後も更なる議論や関係発展が見込まれる。

  • エディンバラ大学 キングス・ビルディング

  • IBioEにて(左よりProf. Murray、筆者)

  • 「ウィケッド」鑑賞後のApollo Victoria Theatreにて

その他雑記

以上の様に、平日はHCLとクレアホールを起点にケンブリッジで過ごしていたが、週末は2回ほどロンドンまで足を延ばした。今回の観光では、今イギリスで最も人気のあるミュージカル「ウィケッド」を鑑賞した。オズの魔法使いの裏話という構成である。有名な劇中歌「Defying Gravity」はぜひとも劇場でお聴きいただくことをお勧めする。また、8月はバッキンガム宮殿の内部が一般公開されており、内部で開催されていたエリザベス女王の衣装展も見ることができた。大英博物館をぐるっと回った後、本場アフタヌーンティーにも挑戦したが、スコーンが出てくるころにはすっかり満腹になっていた。ディナーを予約している場合はご注意を。

振り返ってみると、研究においては多くの場所・人を訪問して議論を重ね、観光でもイギリスを満喫したと感じる。1か月という限られた時間であったものの、当初の計画よりも多くを得ることができたと確信する。最後に、今回の研修をご支援いただきました、神崎先生、先端研経営戦略企画室の皆様、日立東大ラボの皆様、また、訪問を受け入れていただいた先生方、クレアホールの皆様、そしてHCLの皆様に深く感謝致します。

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