研究・教育

ケンブリッジ大学クレアホール 夏季Visiting Students研修報告

2017年度レポート
工学系研究科 先端学際工学専攻 博士課程3年
西山 浩平

『国際』と『産業』の2軸で研究成果を展開するために

研修制度と研究目的

東京大学先端科学技術研究所(以下、先端研)の研修制度を利用して、英国ケンブリッジ大学を拠点に欧州で約一ヶ月間滞在した。先端研は、英国のケンブリッジ大学のクレアホールと提携し、毎年、数名の学生をクレアホールにVisiting Studentとして派遣し、約一ヶ月間の在外研究活滞在を助成している。

私の専門は、オンラインプラットフォームのデザインとマネジメントである。科学技術政策を専門とする馬場靖憲先生の研究室で、企業が提供するオンラインプラットフォームへのユーザー参加がどのような価値をもたらすのかをテーマに研究を進め、この9月に博士課程を修了した。渡欧したのは、7月に本審査を無事に終えて博士論文を完成させた直後の8月の初めであった。

私は、この制度を利用して、書き終えたばかりの博士論文を片手に、ケンブリッジ大学の関連分野の研究者との議論を計画した。同時に、欧州の企業に対して研究の成果を発表することで、研究の有効性の確認を行うことも研究計画の目的とした。ここでは、その研究活動の成果をまとめたい。

 

研修の成果

一ヶ月の間、英国に拠点を得たことにより、博士論文の研究成果に拡がりを与えることできた。研究の拡がりを2軸で説明すると、1つは、研究成果の応用先である企業、すなわち「産業」への拡がりであり、もう1つは、英国の国境を超えた「国際」的な拡がりである。本研修を経験したことで、両軸での展開を加速することができた。

産業への拡がり:

レゴ社の訪問からは、実際にオンラインプラットフォームを運用する企業の担当チームと、そのトップマネジメントに対して、博士論文でまとめた研究成果の実業への有用性を確認することができた。実際に実業に携わるレゴ社の当事者から、ポジティブなフィードバックを得られたことで、これまでの研究の方向性が間違っていないことを確認した。また、自分の研究テーマに汎用性があるという示唆を得られたことで、新たな領域での研究に着手することができた。具体的な成果は以下の通りである:

1. 博士論文において研究対象となったデンマークのレゴ社を訪問し、研究成果を発表することができた。レゴ社が運用するユーザー参加のオンラインプラットフォームLEGO IDEASのチームとも意見交換をし、研究の内容について様々な示唆をもらうことができた。また、書面によるデータの許諾に関してもいただける合意を得ることができた。この訪問中に、レゴ社の会長に直接面談できる機会も得た。

2. OPEN INNOVATION PLATFORM IN SCIENCE というプロジェクトをリードするDr.Marion Potzに研究の成果をプレゼンしたところ、関心を持っていただいた。このプレゼンを契機に、複雑な課題解決のために、どのようにオープンイノベーションのメカニズムを設計するかを研究するプロジェクトへ招待された。これまで私が関わってきたものとは異なる分野において研究が展開できる展望が開けたことで、私が取り組んできた研究の汎用性を見出すことができた。

3. 渡欧中、多くの時間を移動時間に費やした。この移動時間を利用して、2018年に出版予定の原稿を完成することができた。日本の物流業界を対象にしたサービス・イノベーションの事例研究に取り組み、インターネットコマースを下支えする宅配便サービスの発展を、アクター間のインタラクションの観点から議論した。ここでは、より良い宅配サービスを望むユーザーと当時独占的に宅配サービスを提供していた郵便局に加え、新たなアクターとしての民間企業であるヤマト運輸を事例に、いかに3者のインタラクションからサービス・イノベーションが起こり、新たな市場の均衡がもたらされたかについて考察した。

国際的な拡がり:

当初は、ケンブリッジ大学のJudge Business Schoolを中心に研究を行なう計画だったが、面談をお願いした教授が8月の前半に夏季休暇をとっていたこともあり、滞在期間の後半でなければ予定を合わせることが、かなわなかった。そこで、前半期間の有効利用を行なうために、英国内の他大学での研究展開を模索した。その結果、オックスフォード大学のSaid Business Schoolに於いて授業を受講する機会を得た。一週間の授業であったが、クラスメートとは合宿のような状況で密度の高い時間を過ごすことができた。ここで、博士論文として取り組んだ研究内容を紹介すると、幾つかの紹介へと繋がった。このような現地で得られた紹介を通じて、例えば、デンマークのArhus Business Schoolへの訪問が可能となり、同じLEGO 社のオンラインプラットフォームの研究を開始するチームに加えていただけることとなった。同様に、紹介を通じて、研究テーマであるオンラインプラットフォームのマネジメント研究が盛んなCopenhagen Business Schoolの研究者とも研究成果を共有する機会を得ることができた。

具体的な成果は以下の通りである:

4. オックスフォード大学のSaid Business Schoolが提供する社会人を対象にしたExecutive Educationカリキュラムの「変革期のリーダーシップ」を、ダボス会議を主催するWorld Economic Forum のexecutive education moduleの奨学金助成を得て、受講した。ここでは、ドイツのVW社をケースに、イノベーションの促進とリスク発生の密接な関係性を学び、その上で、どのようにイノベーション推進の施策とリスク管理のバランスをとりながら進めるべきかを、第一線で活躍しているリスク管理のプロフェッショナルと議論した。このワークショップから、企業にとって必ずしもドラスティックなイノベーションが促進されることが、望ましいわけではないことを理解した。

また、Family Constellationというドイツを中心に発達した心理療法を、市場に参加するアクターに応用したワークショップに参加することができた。このワークショップでは、実社会の経済活動に参加する様々なアクター間のインタラクションを観察する手法を学んだ。オックスフォード大学では、教授陣と交流を持てただけでなく、世界各国から参加した学生とネットワークを構築することができた。この会議に参加した学生は、欧州のみならず、ロシア、中国、米国、南米諸国、アフリカ、アジア諸国で活躍しており、彼らとの交流から、自分とは同じ境遇に直面したとしても、それぞれが異なる合理性を有している為に、自分と異なる決断を下すのだということが、体感できたという点で、グローバルなオンライン上のサービスメカニズムを設計する上で参考となった。

5. Copenhagen Business Schoolを訪問し、イノベーション研究分野で活発に活躍しているDr.Marion Potz , Dr.Christoph GrimpeならびにDr.Lars Bo Jeppensenと議論することができた。また、ケンブリッジ大学のJudge Business Schoolを訪問し、Dr. Benn Lawson、Dr. Shima Barakatと議論することができた。Dr. Lawson は、Centre for Process Excellence& Innovation(CPEI)において、サプライヤーというアクターが新商品開発の現場に参加することで、どのようにイノベーションを起こしているかをテーマに研究している。対話を通じて、サプライヤーサイドからみたイノベーションの発生原理について、新しい知識を得ることができた。さらに、議論を通じて私が進めているユーザーの新商品開発の現場への参加とは違うアクターの貢献について学ぶことができた。

6. Aarhus Business Schoolを訪問し、Dr.Lars Frederiksenが進めるLEGO IDEASのデータを用いた研究チームに加えていただけることとなった。

 

本研修制度の意義

研修に応募するまでは、私の研究活動は主に国内に限定されていた。英国で研究活動を展開できる機会を得たことで、英国内での研究活動を計画の中心に考え始めるようになった。この時点では想定していた研究活動は海外ではあっても、1カ国を中心とするものであり、国際的な展開になるとは想定していなかった。ところが、実際は現地で得た紹介を通じて、国をまたがった研究ネットワークへと拡がった。結果として、効果的な研究活動を国際的に行なうことができた。

今回、クレアホールにVisiting Studentとして滞在して痛感したのは、フットワークの軽さの重要性である。ケンブリッジ大学に一時的であれ、身を寄せることができたおかげで、ベース拠点を確保することができた。このことは、フットワーク軽く活動する上で、重要であったように思う。振り返ってみると多くの面談は、紹介を通じて実現したといえる。一方で紹介による訪問は、事前に計画が立てにくいというデメリットがある。一例を上げると、デンマークへは2度往復することとなった。1回にまとめることができれば、移動時間もコストも半分に削減することができたはずだ。しかし、これがさらに多くのコストが発生する日本からの移動に鑑みると、欧州内のフレキシブルな移動を可能にしたケンブリッジの拠点は、大きなメリットであった。

このように、ネットワークの構築とフットワークの軽い訪問を繰り返したことによって、短期間に集中して、第一線で推進している研究者のプロジェクトの概要を直接聞くことができた。このことで、複数の研究領域における自分の位置づけを確認することができた。

留学を終え、帰国した今でもこの研究活動で得られたネットワークとのやり取りは継続しており、このような機会を与えてくださった先端研と研修制度を支えてくださったスタッフの皆様に大変感謝する次第である。今後、この制度への応募を検討する同僚に対しては、強く推薦したい。

(2017年11月30日)

 

ベース拠点:ケンブリッジ大学クレアホール

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クレアホールは、もともとはロスチャイルド卿の地所を譲り受けてできた経緯もあって、スイミングプールなど、ケンブリッジ大学の他のカレッジには無いユニークな施設を保有する。プールは、早朝から利用することができ、筆者は研究の合間に頻度高く利用した。ケンブリッジを活動のハブ拠点とできたことで、他の都市への移動をフットワーク軽く行なうことができた。

 

筆者の研究テーマ:オンラインプラットフォームのマネジメント研究

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筆者は、インターネットの普及で可能となったオンラインプラットフォーム技術によって、ユーザーと企業の関係がどのように変化するのかに強い関心を持っている。現在は、企業がオンラインプラットフォームのメカニズムの設計を通じて、ユーザーがもたらす価値の最大化をどのように図るかというテーマに取り組んでいる。

 

紹介:紹介状とディナー

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テーブルの隣にたまたま座ったクラスメートを通じて、思わぬ出会いに繋がったことは一度だけではなかった。その場で、オンラインでカジュアルに紹介してもらうことが大半であった。大学にお願いをして発行してもらえる紹介状は、もっと活用すべきだったかもしれない。

 

Judge Business School

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ジャッジビジネススクールは、クレアホールから歩いて行ける距離に位置している。写真は、建物の前の様子(左上)と学内のカフェの様子である(右上)。様々な親切な紹介を受けていなければ、私の研究はここだけのものにとどまっていた。

 

移動時間

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フットワーク軽く移動することの対価は、移動時間の増加である。しかし、考えようによっては、移動時間は、格好の論文執筆の機会でもある。写真の右上は、コペンハーゲンから、レゴ社のビルンドまで移動した電車の中の様子である。左上は、ケンブリッジから他の都市に向かう時に到着するKing’s Cross駅である。待ち時間や移動時間を使って、原稿の推敲を行った。

 

Aarhus Business School

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オーフス大学には、紹介がなければ、到底たどり着けなかった。Dr.Antoriniが「あなたの研究内容だったら、行かなきゃだめ」と彼女の車で送ってくれた。それがキッカケで、Dr.Lars Frederiksenとの出会いにつながった。ここで、レゴ社の会長でもあるDr.Jogen Vig Knudstorpとの面談も実現した。

 

LEGO SYSTEM

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レゴ社のLEGO IDEASチームと。Dr.Yun Mi AntoriniとMr.Tormod Askildsenが研究成果を評価してくれたことは、大変うれしく、勇気づけられた。

 

Copenhagen Business School

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コペンハーゲンビジネススクールにおいても、紹介を通じて、研究分野が隣接する研究者との幾つかの重要なミーティングが実現した。とりわけ、Dr.Marion Potzからは、今後の研究活動について大きな示唆をもらうことができた。