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大学院座談会

先端学際工学専攻 30周年記念座談会

現役生と教員が未来に向けて語り合う

先端学際工学専攻とはどのようなところなのか?どんな人が学んでいるのか?30周年を記念し、
2021年に先端学際工学専攻に入学した3人の学生と教員がざっくばらんに語りました。


  • ファシリテーター

    矢入 健久 教授

    矢入 健久 専攻長
    知能工学分野 教授

    東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。同大学先端科学技術研究センター助手、工学系研究科講師、准教授などを経て、2019年から現職。
  • ファシリテーター

    稲見 昌彦 教授

    稲見 昌彦 常務委員
    身体情報学分野 教授

    東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。マサチューセッツ工科大学コンピュータ科学人工知能研究所客員科学者、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授などを経て2016年より現職。
  • 04

    前田 啓介さん
    大澤研究室 2年

    2021年山口大学共同獣医学部 獣医学科卒業後、同年先端学際工学専攻へ入学。2021年度東京大学大学院工学系研究科「リーダー博士人材育成基金」採用。2022年より日本学術振興会特別研究員。
  • 05

    清水 由紀子さん
    熊谷研究室 2年

    2019年に上智大学実践宗教学研究科死生学専攻博士前期課程を修了し、2021年に先端学際工学専攻に入学。地域の一般病院に薬剤師として勤務。
  • 06

    網 淳子さん
    関本研究室 2年

    東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、メーカーで通信関係の研究開発および研究部門の組織開発、人材育成業務に携わり、社会人として2021年に先端学際工学専攻入学。

ヤギのいたキャンパス

矢入:
私自身は、博士課程は航空宇宙工学専攻を出ましたが、修士のときから知能工学分野の堀浩一研究室に所属していました。研究室には先端学際工学専攻の先輩や後輩がたくさんいらして、半分は同専攻で学んだという意識でいます。今回こういう形で携われて非常に光栄です。
稲見:
私は先端学際工学専攻の修了生で、1996年~99年に学びました。当時は情報物理学分野の舘暲研究室で、テレイグジスタンスという遠隔でロボットを操作するような研究室でした。現在14号館1階の「先端研カフェ」になっている場所にロボットが置いてあり、その近くで私はよく寝ていました(笑)。あそこは思い出の場所です。
矢入:
昔は研究所内24時間営業みたいな雰囲気でしたよね。いろんな学生さんが寝泊まりしていて。
稲見:
研究用の人工心臓を付けたヤギがいました。夜中にキャンパスを歩いていると、人かと思って驚いたら、ヤギだったということも。
矢入:
放牧されて草を食んでいましたね。
稲見:
今考えると先進的だと思います。現在は教員という立場で皆さんとご一緒できて光栄です。当時の我々が考えていたこと、今の学生が考えていることはどんなことか、未来に向けてどうしていくべきか、節目の議論は大切だと思っています。今日はそういうお話ができればうれしいです。
網:
30年以上前に東京大学大学院工学系研究科 電気工学専攻の修士を出て以来、会社に勤めております。研究テーマは感染症危機管理における位置情報活用です。COVID-19のような感染症のパンデミックを回避するために、携帯電話の位置情報を活用して感染のおそれがある人を判別し、適切な医療につなげる方法を探索しています。医療の分野と情報通信の分野の「学際」的なテーマと言えると思います。
清水:
2019年に上智大学実践宗教学研究科死生学専攻の修士を修了し、21年に入学しました。地域の一般病院に薬剤師として勤務しながら、学生をしております。私自身が摂食障害を経験したアダルト・チルドレンの一人として、摂食障害、依存症、引きこもりの女性当事者の方々の経験を学び、その経験知を言語化することを研究テーマとしています。
前田:
この4号館3階にあるニュートリオミクス・腫瘍学分野の大澤研究室に所属しております。2021年まで山口大学共同獣医学部獣医学科で、ヒトのがん悪性化機構について研究をしていました。学部卒業後、さらに研究を発展させるためこちらの研究室に移り、現在、低pH微小環境におけるがん細胞の生存メカニズムをテーマにしています。

なぜこの専攻に?

稲見:
どうやってこの専攻を知り、なぜ選ばれたのですか?
網:
電機メーカーの研究開発部門に勤め、研究者の採用や研修を担当していますが、もともと研究者だったこともあり、仕事とは別にボランティアで、知り合いの北見工業大学の先生の研究のお手伝いをしていました。あるとき、「せっかくなので大学院に行ってみたら?こんな良いところがあるよ」と教えていただいたのが、東大空間情報科学研究センターの関本義秀教授の研究室でした。GISという地理情報システムに関わる研究をされていて、私の研究テーマと相性が良いと思いましたし、社会人が学びやすい仕組みなので「私でもできるかもしれない」と挑戦しました。
矢入:
私も学生時代、研究室に人生経験を積まれた先輩たちがいらして、大学院にいながら「社会とは、研究の現場とはこういうものだ」と教えてもらいました。自分の研究室でも、社会人学生と学部から進学した若い学生が研究の話だけでなく、会社の話などもしているようで、互いにとって非常に良い機会な気がしています。
清水:
修士論文を進める中で熊谷准教授の研究に出会いました。上智大学では先生方や学生同士で対話を重ねながら、宗教学や死生学について体験を通して学んでいくような場と、仲間を得られたことが大きな財産です。そのまま博士後期課程の進学も考えましたが、当事者の立場から研究している熊谷研究室に惹かれ、指導教員に「ここに行けたら良いのでは?」と助言をいただいたのがきっかけでチャレンジいたしました。
矢入:
確かに先端研の中でもバリアフリー領域は看板の一つですね。
稲見:
実際、入学されていかがですか?
清水:
日常的に病気を患った方との接点は多いのですが、障害を持って生きている方々と出会う機会は少なかったと思います。入学当初は手話でコミュニケーションを取られている姿に驚くこともありましたが、音声の文字変換、手話通訳、文字の音声変換といったテクノロジーにより異なる障害を持った人同士が対話する環境が、いつの間にか自然になっています。
稲見:
先端研に来てすごいなと思ったのが、キャンパス内で最新の電動車椅子を使われている先生がいらっしゃる。やはり未来がこの場あるのだなと思うし、これがあまねく社会に広がると本当に世の中が変わる。そこをつなぐのが仕事だろうと思います。建物に最新の太陽電池パネルを設置するなど、キャンパス自体が社会実装の研究になっている。
矢入:
前田さんはいかがですか?
前田:
学部時代は、がんの悪性化機構をタンパク質のレベルで解析していましたが、タンパク質一分子のみで説明できるメカニズムでは到底なくて。代謝物、オルガネラ、細胞外の環境など、様々な要素が有機的・複雑的に絡まり合って起こっている生命現象を、多様な解像度を以て解析する研究を行いたいという思いが強くなりました。進学を考える中、ニュートリオミクス・腫瘍学分野にたどり着きました。間口が広い入試形態や、私のような少し特殊な専門性をもつ人間でも幅広く受け入れてくださるので自分に適した専攻だと考え、進学いたしました。
稲見:
私も修士まではバイオセンサーなどの研究をしていました。それがいきなりロボットとか、情報系の研究をやっていけるのか?先端学際工学専攻でなければ、そこの研究室に行って、やろうとまでは思えなかったかもしれない。「いろんなバックグラウンドの人たちがいろんな研究をしているから、ここならばやっていけるかもしれない」と感じました。
前田:
獣医学部で研究を進める中、共同研究先や他領域の専門家の方々とのコミュニケーションの大切さに気付きました。臨床医、有機合成化学者、データサイエンティストといった方々との連携や、異なる領域からのアプローチを組み込む学際融合的な研究にもすごく興味があったので、この専攻は合っているなと。
  • 座談会風景

研究分野を超えて

稲見:
先端研の研究プロジェクト「東京大学 生命・情報科学若手アライアンス」は他部局からも注目を集めているようです。
前田:
生命・情報科学若手アライアンスは、生命科学系若手研究者を中心とし、分野を超えた複数の研究室で構成されるコミュニティです。私が所属する大澤研究室のその一つ。研究室間の垣根が非常に低く、「うちの研究結果はこんな感じ」と発表すると、すぐ隣の研究室が「じゃあうちのこういう技術と組み合わせて、こういう研究に発展できそうだよね」と反応してくれます。ディスカッションやコミュニケーションが非常にしやすい環境が整っています。
我々のように細胞をメインで扱う実験系の研究室やゲノムをはじめとする生命情報・統計データを主に取り扱っている研究室、解析用のマシンやプログラムを開発している研究室、タンパク質自体の構造を解析する研究室もあります。一つの生命現象を、最先端の技術を駆使しながら多面的に解析することができる、素晴らしい研究体制だと思います。
稲見:
分野がばらばらなはずなのに、みんな垣根が低いというのは面白いですね。

オンライン授業での驚き

矢入:
実は私は2020年度も専攻長を務めていました。コロナ禍が始まり、授業の実施方法について教育研究支援担当と相談しながら進めましたが、非常にスムーズにオンラインへ移行ができたのではという印象があります。皆さん2021年4月の入学ですが、コロナ禍でネガティブな面だけでなく、新たな気づきというポジティブな面もあったのかなと思います。
網:
先導人材育成プログラム(II)の「先端科学技術英語」のオンライン授業が印象深いです。恐らくコロナ前は、教室で先生や学生同士が向き合って、お互いにやりとりをしながら授業が進んでいたのだろうと思いますが、それが見事にオンラインで再現されていたんです! ZoomとGoogleドライブを上手に利用して、英語で論文を書くステップを、タイトル、概要、本論、図表、参考文献と一つずつ疑似的に演習しながら自分のポートフォリオを仕上げていく講義でした。書くだけでなく、学会に参加したときに必要となる自己紹介をしたり、科学技術関連のニュースや記事を伝わりやすい速度とアクセントで音読したり、最後には作ったポートフォリオの内容のプレゼンテーションをする時間もありました。20人あまりの学生たちが、聴き、話し、読み、書く作業でフル回転。大変アクティブかつ実践的。私は会社でずっと研修を担当しているので、こんなに上手に効果的な英語の授業がオンラインでできるのかと大変驚きました。
矢入:
そういう視点で専攻内の授業を評価したことがなかったので面白いです。反面、コロナ禍で困ったことや残念に思ったことはありますか。
網:
コロナ禍でキャンパスに来ることも少なく、入学した当初、講義の履修計画や研究計画を考える際に、他の社会人学生はどのように進めていらっしゃるのかお伺いしたかったのですが、相談できる方が見つからずに少々戸惑いました。専攻の学生同士のつながりがあれば気軽にお話ができるので、素敵だと思います。
矢入:
我々としても残念なところです。駒場リサーチキャンパスは非常にのどかで良い環境ですし、もっと自由に出入りしてもらい、いろいろ体験していただきたいですね。
網:
このRCAST学堂はデザインの先生方が作られたのですよね?「先端アートデザイン学」という講義を受講し、どのような思いでこの場所を作られたのか伺ったので、椅子や机を見るのを楽しみに参りました。
矢入:
この場で体験しないとリアルな感想は出てこないですよね。講師は吉本英樹特任准教授ですか?
網:
はい。面白そうだなと軽い気持ちで講義を受けましたが、感銘を受け、研究計画の立案を学ぶ先導人材育成プログラム(I)「プロポーザル」の指導も吉本先生にお願いしました。自分の研究テーマとは直接関係のない先生に指導をお願いできたのはプロポーザルならではの貴重な機会でした。デザインエンジニアでいらっしゃる吉本先生の新しい視点や感性に大いに刺激され、自身の研究に向き合う姿勢や意義を改めて考えるきっかけにもなりました。

コロナ禍を機に

矢入:
稲見先生の研究室ではゼミや研究会はどのような形態でされていますか?
稲見:
アジェンダが決まっているものはオンライン、実験やディスカッションなどは対面です。コロナ禍になり、メタバースの中でプロトタイプを作り、うまく行きそうなものは3Dプリンターで物理的に作るといった手法が生まれました。もちろん物理で製作し、分かることもたくさんあります。でも前段階で物を作って試行錯誤というコストを減らせた点では、研究が加速化した感じもあります。コロナで失った物もたくさんありますが、視点を変えれば一つの研究対象となる。コロナ禍の社会をフィールドワークする先生もいらして、すごいなと思いました。
矢入:
コロナ禍を研究の好材料と見られたんですね。
稲見:
「100年に1回ぐらいの出来事なので、これをフィールドワークとしてやらなくてどうする」と言われた先生がいて、背中を押された感じがしました。コロナ禍では、今まで活躍されていた人が活躍できなくなったり、その逆が起きたりという事があると思います。当事者研究でも、そのような変化が新しい研究の見方につながったことはありますか。
清水:
当事者研究には、自分と似通った当事者が集まる場に出かけていき、言葉を交わしたり気づきを得たりしながら生き抜いていくという性質があると思います。コロナ禍で対面の開催が難しくなっても、私が関わっているグループは一度も休むことなく続けてくださり大変助かったのですが、同時にオンライン配信も進められました。それまでは、遠方からの参加が難しい状況でしたが、オンラインが併用されて以降、海外の方がミーティングに参加されるなど、同じ時間を過ごせる仲間が増えました。コロナ禍が功を奏した一例だと感じています。
矢入:
うちのゼミは基本ハイブリッド開催ですが、異動で海外勤務した社会人学生もいます。コロナ前だと一旦休学し、帰国してから復学という流れだったのが、海外にいながらオンラインで講義を受けて、ゼミにも参加し、研究を続けるという新しいタイプの人が出てきました。様々な制約はありますが、前向きに見られるところもあると思います。前田さんは分野的に実験が主だと思いますが、オンラインでされていることもありますか。
前田:
LSBM (システム生物医学ラボラトリー)のフロアミーティングでは週1回、先端研内外の生命科学系の研究者が研究発表をします。現在はオンラインで開催されていて、だいたい40、50名ほどの学生や先生方が参加されます。自分の机上で高名な先生の発表を聞き、気軽に疑問をぶつけることができるのはオンラインになって良かったことかなと感じています。
先端研にはこの4号館だけでも、児玉龍彦東大名誉教授や油谷浩幸シニアリサーチフェロー、西増弘志教授など生命科学系の大家のような、非常にインパクトのある研究成果を発表されている先生方がすぐ隣にいらっしゃる。論文や教科書で名前しか見たことがなかった先生が実際に目の前にいて、「本当にいるんだ!」と。しかもたまにお菓子をくださったり(笑)。すごい環境だと思います。コロナ前だと所内のコミュニケーションを図る「ハッピーアワー」があったそうですね。今は飲食を出す催しは難しいと聞いているので、少し寂しいかなとは思います。

入学して印象的だったこと

網:
清水さん、前田さんは入学されて印象的なことはありますか?
清水:
入学時は入構制限がありましたが、その後少しずつ制限が解除されていきました。オンラインと対面のハイブリッドも進み、本郷キャンパスで行われている講義にも積極的に参加しています。まずオムニバス講義に出て、そこから紐づけて担当教員のゼミを取るなど、2年目に入りかなり自由度が上がったと感じています。
稲見:
確かに昔は本郷に行かないといけなかったし、オンラインになって今は本郷の学生が先端研の講義を取っていたりしますよね。
矢入:
移動の負担が減ったことを、上手く活用されている学生が多いなという気がします。
前田:
入学前と比べると予想以上に多様な分野、多様なバックグラウンドを持つ方がいらっしゃいました。同じ物事を見ても、他の方の視点から見ると、こう見えるのかと新鮮でした。同じがんの研究といっても様々なアプローチの仕方があることを再認識したことが一番大きいです。獣医学部時代の研究室は規模が小さく、学部の特性上、多数の研究グループにわたるような大規模研究の経験はあまりありませんでした。現在は国内外の研究機関・企業と連携し、領域をまたいだ有機的な流動性を持った集まりによる研究を初めて体験させていただいています。
矢入:
一人一人が多様性を構成しているし、お互いを認め合って、違いを楽しむような雰囲気が醸成されていますね。
稲見:
異なる価値観や背景の人を混ぜれば自動的に多様な研究が生まれるわけではない。結局、好奇心と寛容性と両方ないと駄目。そういうことはバリアフリー領域の先生方から教えていただきました。

未来に向けて期待すること

稲見:
皆さん今後、どういうことをされたいですか?また先端学際工学専攻の次の30年の未来に向けての期待があれば、教えてください。
網:
私は会社人生が長くなり、自分のフィールドがやや固定化されてきたところで再び大学という場に出て、人間関係や専門分野を広げることができました。これをきっかけにもう1回、研究や人生を楽しみ、幅広く活動したいです。せっかく好奇心旺盛で多様性に富んだ研究者が集まっているので、横のつながりがもう少しできて、発展して、みんなで何か楽しいことができたら良いなと思います。
稲見:
実は横のつながりを作ろうとFacebookのグループを立ち上げます。専攻に所属の方だけでなく、一緒に駒場リサーチキャンパスで学んでいる関係者も交流できる仕組みがあればと準備しています。ぜひ盛り立てていただければ嬉しいです。
清水:
社会的な活動に携わりたいと思いつつもなかなか勇気が出なくて、研究を進めながら石橋を叩いているような状況でした。でも、先端学際工学専攻の自由さに触発されて、少しずつ変わってきています。今後は微力ながらも思いを具体化していきたいと考えています。そのようなこともあり、私も横のつながりはすごく貴重だと感じています。何か壁にぶつかったとき、戻って来て相談できるような場になっていけばとても嬉しいです。
前田:
ここに来て、これまで自分とはまったく関係がないように見えた領域に興味が湧きました。近年、生物多様性保持や持続可能社会といったテーマが経済活動に密接に関わっているように、一見かけ離れた分野間でもつながりが生まれます。領域に固執せずに自分の力を発揮できるような人物になりたいと思います。進学を考えている方には、自分のバックグラウンドをあまり気にせず、踏み込んで来てほしいと思います。
矢入:
専攻名に「先端」という言葉がありますが、皆さんのお話を聞いていると、30年間ずっと先端的で学際的であり続けているし、常に変わりながら先端を維持しているなという印象を受けました。これからも先端を走っていけるのではないかと期待しています。
  • 座談会風景
  • ※この座談会は、2022年11月に行われました。参加者の肩書、学年は当時のものです。
  • ※撮影時のみマスクを外しています
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