研究・教育

ケンブリッジ大学クレアホール 夏季Visiting Students研修報告

2017年度レポート
工学系研究科 先端学際工学専攻 博士課程1年
山田 舜也

 

研修概要

本研修の目的は、イギリスにおける吃音に関する取り組みの実態調査に向けた、吃音関連団体の訪問と、現地研究者とのディスカッションである。筆者は、吃音の当事者研究の研究に従事している。当事者研究とは、当事者による体験から、障害や生きづらさについてのパラダイムを探る取り組みである。本研修では、イギリスにおいて吃音に関する取り組みを行っている当事者たちとディスカッションを行い、日本における活動の実態と比較することで、イギリスと日本の二国間での、吃音に関するパラダイムの相違性を探り当てることを目標した。そこで、筆者は、BSA(英国吃音協会)をはじめとする複数の吃音当事者団体などに訪問し、Clare Hallに1ヶ月間滞在する研修計画を立てた。

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図1.Clare Hallにて。チェスをしながら親睦を深めた。


クレアホール (Clare Hall)

本研修では、ケンブリッジ大学のカレッジの1つであるクレアホールにVisiting studentとして滞在した。ClareHallでは、Prof. David Copeや、哲学を専門とする岩田直也博士、情報工学を専門とするIvo Timoteoさん、また、同時期にVisiting studentとして滞在している伴さんや西山さん、浜窪先生など、多様な滞在者にお会いすることができた。特に、筆者は、チェスを指しながらディスカッションを行うなどして、現地研究者らと親睦を深めた。

 

ケンブリッジにおける自助活動

イギリスには、約30の吃音者の自助グループが存在するが、ケンブリッジにも、吃音者の自助グループCambridge Stammeringが存在する。Cambridge Stammeringは、イギリス国内の中でも活動が盛んな吃音の自助グループの一つで、今年で設立10年を迎える。また、また、今年の5月に、活動についての記事が、Cambridge Newsという地方紙に掲載されたばかりだった。代表のRobertさんとは、Clare Hall滞在中に何度も会い、吃音についての意見交換をしただけではなく、ケンブリッジの街を案内してもらったり、ホームパーティーに招待してもらったりした。

吃音についての意見交換で、印象的だったのは、呼吸法についての話だった。イギリスでは、主に、McGuireとStarfishという呼吸法を使った吃音の自助活動が盛んで、Robert Coeさんもこれを推奨しているとのことだった。吃音を治すための方法ではないが、吃音によるストレスや自信の喪失をコントロールする方法として、これらの方法が現在、吃音者の自助グループ間で人気を博しているとの話だった。

日本の吃音についての歴史をまとめた資料を見せたところ、1903年に開設された『楽石社』をはじめとする吃音矯正所の歴史や、日本の吃音者の当事者団体『言友会』が1976年に提出した「治す努力を否定する」という吃音観を盛り込んだ『吃音者宣言』の文章に、とても興味を持ってもらえた。とくに、『吃音者宣言』については、「とてもいい内容だ」と肯定的な評価をしてもらえた。また、現在、日本の法律において、吃音が、発達障害の一つに分類されていることに、驚いていた。

日本においては、呼吸法は「治す努力」として捉えられていることが多く、呼吸法を推奨しながら、『吃音者宣言』の内容に肯定的な評価を下す当事者に、筆者はあまり出会ったことが無かったため、驚かされた。

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図2.Robert Coe(左)と私。ケンブリッジの街を案内してもらう。
 

ドンカスターにおける自助活動

ケンブリッジから、電車とバスを乗り継いで2時間ほどのドンカスターという街で活動をしている吃音者の自助グループDSA(Doncaster Stammering Association)に訪問し、活動に参加した。DSAも、英国国内でもっとも活動が盛んな自助グループの一つで、ちょうど僕が参加した例会の自助グループの活動内容は、約1ヵ月後に、地方紙Doncaster Free Pressに掲載された。

私が参加した8月27日は、Stamwalkという特別なイベントの会だった。Stamwalkというのは、英国吃音協会のTimさんが、イギリス中を歩きながら、吃音について啓発をするというチャリティー企画で、この日は、PontefractからDoncasterまで歩いたTimさんをDSAのメンバーが迎え、パーティーと例会を行う、というものだった。

早めに到着した僕は、DSAのメンバーらと一緒にパーティーの準備を行い、Stamwalkにも参加し、道で出会った子どもたちに、「Stammering」と書かれた風船を渡しながら、Timさんを迎えた。また、パーティーと例会にも参加しました。

DSA代表のBobさんはジョークを飛ばして場を和ませるとてもフレンドリーな人で、暖かく僕を迎えてくれた。パーティーの準備の合間に、「日本に紹介して」と、Bobさんたちが作った吃音の啓発ソングを聞かせてくれた。「Stammering is cool」というタイトルの曲で、子どもたちが「Stammering is cool! Stammering is cool! S, s, stammering~!(吃音はかっこいい!吃音はかっこいい!き、き、きつお~ん!)」と歌うCDだった。

この種の社会啓発は、日本では行われていないものだったので、とても新鮮だった。

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図3.DSAの人たちと一緒にパーティー。
 

英国吃音協会の訪問

Clare Hallに滞在中、ロンドンに赴き、BSA(British Stammering Association, 英国吃音協会)のオフィスを訪問し、Chief executiveのNorbertさんをはじめとするBSAのメンバーと吃音についての意見交換を行った。BSAが、現在最も力を入れているのは、吃音の社会啓発についての活動だった。BSAでは、吃音者が抱える問題は見た目の「どもる」という吃症状だけでは、捉え切れない問題であるとして、吃音を「隠れた障害(見えない障害)」として啓発を行っている。「The best way to face a stammer is talking(吃音と向きあう最善の方法は話すことだ)」と書かれたポスターを作ったり、「Let’s talk about stammering(吃音について話そう)」と書かれたリストバンドを作成したり、また、先述したStamwalkの活動をするなど、吃音についての社会的理解を促進させるための活動を活発に行っている。

BSAのスタッフの人たちからは、スティグマの問題を悪化させずに、いかにして吃音についての周囲からの認知度を上げるか、という問題についてとても工夫をしている、という話を伺った。

印象的だったのは、BSAが作っている図4のポスターカードだった。ポスターカードには、吃音者の顔写真の横に、「彼は●●という名前です」「彼は、●●の仕事をしています」「彼は●●ないいところがあります」など、10個ほどのその人の特徴についての文に混じって、「彼は吃音を持っています」という文が書かれてあり、最後に、「It’s OK to stammer (吃音を持っていても大丈夫)」という言葉が書かれてあった。

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図4.BSAが作成した社会的啓発のためのポスターカード。
「吃音を持っていても大丈夫」


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図5.言友会が2014年に作成した社会的啓発のためのポスター。
「絶望的な吃音者」
 

日本の吃音の自助グループ『言友会』が近年作成した、社会的支援を求めるポスター(図5)と比較して、この社会的啓発のポスターカードの戦術は、とても興味深く、参考になった。

僕が作成した日本の吃音にまつわる取り組みの歴史についての資料を見せたところ、BSAのスタッフの人たちからは、とりわけ、『吃音者宣言』の内容に強く関心を持ってもらい、「私たちに、今、一番かけている考え方を、日本の吃音者たちは40年も前に持っていたのですね」と、感激された。

今の日本の吃音の当事者団体からは、どちらかというと、『吃音者宣言』の内容をそのまま受け入れることのできない意見を聞く機会が多いので、BSAのメンバーらの反応は、僕にとっては、新鮮な反応だった。もう一度、日本の吃音についてのパラダイムの変化の歴史について考え直す刺激を受けた。

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図6.BSAのスタッフの方々と写真撮影。
 

その他雑記

その他には、Londonの自助グループToast masters clubというパブリックスピーチの練習に特化した吃音者の自助グループに参加し、また、Robertさんによる紹介や、SNSを介して知り合った吃音を持つ当事者の人たちと1対1でインタビューを行うなどして、英国の吃音の実態調査を行った。また、Wittgenstein Archive Cambridgeを訪問し、吃音の体験が、Wittgensteinの哲学に与えた影響について、現地研修者の方とディスカッションを行った。CambridgeのCareer Support Centerでは、吃音を持つ学生への合理的配慮や、就職活動支援の実態について資料をいただいた。CIDDRG(Cambridge Intellectual &Developmental Disabilities Research Group)では、イギリスにおける発達障害の研究状況についてディスカッションを行った。また、MRC分子生物学研究所(MRC Laboratory of Molecular Biology)を訪問し、長井潔博士と議論を行った。

今回の研修は、これまで自分が前提としていた吃音に関するパラダイムの存在に気づき、それを相対化することができた、という点で、大変意義深かった。また、吃音研究以外でも、多くの場所・人を訪問して議論を重ね、観光でもイギリスを満喫できたと感じる。

今回の研修をご支援いただきました、福島先生、児玉先生、先端研経営戦略企画室の皆様、また、訪問を受け入れていただいた先生方、クレアホールの皆様、Bobさん、Norbertさん、そして、Robertさんをはじめとする現地でお会いした全ての人たちに、深く感謝いたします。